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家族写真物語 4〜家族写真は家族の大事な歴史〜

「家族写真を撮るということ」

 

子供のころに撮った家族写真があります。

そこに映っているのは、まだ若い父母と幼い私の3人です。

しかし母のおなかは大きく、そこには妹がいます。

この写真を見るたびに、いつも表現しがたいほど幸せな気持ちになります。

私にとっては、とても特別な家族写真なのです。

 

家族全員が映っている写真

その写真を撮影したのは父の友人宅でした。

私は就学前です。

そのため、どういう集まりなのかは理解していません。

しかし当時、その友人と父が非常に親しかったのは覚えています。

毎週のように互いの家を行き来していたものでした。

その家には男の子がいて、幼馴染のようによく遊びました。

ところが二人とも短気だったので、いつしか喧嘩になり、それきりに。

さて、その写真にいるのは我が家の3人だけです。

おそらく父の友人が撮影してくれたのでしょう。

普段は気難しい両親が楽しそうに笑っています。

これがまず「めずらしい」と感じられる理由です。

母のおなかは随分と大きいので、妹が生まれる直前だったのが分かります。

私は父の膝に乗せられて、とてもうれしそうにしています。

テーブルの上には料理やお酒が並んでいます。

きっと大是で楽しく宴会をしていたのでしょう。

家族4人が「揃って」映っている家族写真は、これを含めて数えるほどしかありません。

これがその中の1枚なのです。

今では着ることのないようなワンピース姿の母。

お気に入りの半そでシャツを着ている父。

まっくろに日焼けして男の子のような私。

全員がとても楽しそうに笑っています。

とても平凡ですが、幸せな気持ちになる家族写真です。

 

家族で写真を撮るということ

父は比較的新しいもの好きなタイプでした。

そのため、当時から家には一眼レフがありました。

もちろん今のようなデジタル一眼レフではなく、フィルムタイプのものです。

ただ面倒くさかったのか、それほど使ってはいなかったようです。

遊びに出掛ける時に、稀に持っていたような記憶があります。

その後にインスタントカメラが登場してから撮影する機会は増えました。

私や妹が子供のころの写真は、大きなアルバムに2冊残っています。

アルバムは、普段はクローゼットの中にありますが、ときどき眺めます。

やはり家族全員での写真は少ないな、と感じます。

家族で出かけて誰かが撮影するとなると、当然その1人は欠けるので当然ですよね。

オートタイマーなどを使って撮れば良かったのでしょう。

しかし当時の私はそんなことも知りませんでした。

家族で写真を撮ることは、とても大切です。

成長も、老化も、ありのままを残しておけるからです。

まさに「家族の大事な歴史」をそのまま記録できると感じます。

もっとたくさん、家族で楽しい家族写真を残しておくべきでした。

強くそう思うようになったのは私が20歳のときです。

 

早すぎた父の死

私が20歳のとき、父が他界しました。

あまりにも早すぎる死でした。

健康で、まだ働いていて、「死ぬ」なんて予想もしていませんでした。

突然の死だったのです。

最後に父と写真を撮ったのは、私が成人式の日です。

振袖を着てうれしそうに笑う私の横で、そっぽを向く父。

照れくさかったのか、機嫌が悪かったのかは分かりません。

スーツ姿の父は横を向いて、笑顔ですらありませんでした。

しかし何とも父らしい写真だとも感じます。

その日は家族で交互に写真を撮ったので、やはり全員との写真はありません。

それから2か月後には、父は他界してしまったのです。

もう2度と、家族そろって写真を撮ることは出来なくなってしまいました。

アルバムを遡ってみたところ、意外と父の写真は多くありませんでした。

いつも父が撮影してくれていたということなのでしょう。

私が特に気に入っている写真があります。

それは生まれたばかりの私を抱く父の写真です。

見たこともないような笑顔で父が私を見つめています。

それを見るたび、父のことを懐かしく思い起こします。

 

新しい家族との家族写真

父の死から数年後、私は1つ年上の男性と結婚しました。

私は感じませんが、周囲によると、

「父に非常に良く似ている」

とのことです。

似たような眼鏡をかけているからなのか、雰囲気の問題なのか、私には分かりません。

しかし私は父親っ子だったため、そうなるのも無理はないのでしょう。

そんな夫は、交際当初から写真が苦手で、映ろうとしません。

そのため2人で映った写真は、ほとんどありません。

誘っても「俺は映らない」といわれてしまうので、諦めています。

そんな夫ですが、披露宴の日だけは別でした。

大勢の友達が、たくさん写真を撮ってくれたのです。

それはさすがに断りようもなかったようで、笑顔の写真がたくさん残っています。

残念なことに、それ以降写真好きになった、というエピソードはありません。

そのため結婚して20年が過ぎますが、2人で映った写真は数える程度です。

「1年に1枚、家族写真を撮ろう」

という提案もしてみたのですが、いまだに実現できていません。

 

家族写真

「家族写真」といえば、忘れられない思い出が、もう1つあります。

私には写真を趣味にしていたイトコがいます。

彼は大きなカメラを持っていて、私たちの結婚式でもたくさん撮影してくれました。

家族写真も、たくさん撮影していたようです。

レンズも、見たこともないような大きなものをたくさん所有していた人です。

そんな彼の家を、東日本大震災で津波が襲ったのです。

カメラもレンズも写真も、すべて流されてしまいました。

その話を聞いた私は、家にある、彼の家族の写真を探しました。

頻繁に会っていたわけではないため、それほど多くはありません。

しかしちょうど、私の結婚式での写真があったのです。

その家の子供たちが、まだ小さいころの写真が残っていました。

そこで、アルバムから、彼の家族が映っている写真を抜いて渡しました。

するとイトコたちは、私が想像した以上に喜んでくれました。

涙を流して喜ぶ姿を見て、

「写真とは、やはり家族の歴史なのだ」

と改めて感じたものでした。

その年、そのときの様子をありのままに残すことが出来るのは素晴らしいことです。

いとこの影響を受けたのか、私も、数年前に一眼レフを購入しました。

母や、妹夫婦、親しい友人などをときどき撮影しています。

相変わらず配偶者は「写真が嫌い」と逃げようとしますが、何枚かは撮影に成功しました。

少しずつでも家族の様子を撮影できたらいいな、と考えています。

残念ながら私には子供がいないため、

「自分の子供の写真を撮る」

という夢は叶いませんでした。

そのぶん、友人の子供たちを撮影しています。

子供の成長は早く、写真を見返すのがとても楽しいものです。

 

終わりに

科学が発達して、いまは昔よりも随分と便利になりました。

スマートフォンのカメラでも、かなり綺麗な写真が撮影できます。

さらに広角などの機能まで備わっているスマートフォンのカメラもあります。

これは本当に素晴らしいことですよね。

しかしせっかくカメラがあっても、写真を残さなければ意味がありません。

年齢に関わらず、多くの人が、たくさん家族写真を撮ればいいな、と感じています。

私のように、いつ家族を突然失うか分からないものです。

そんな哀しい出来事があっても、写真を振り返れば、懐かしい姿を見ることが出来ます。

家族写真は、とても大事で、価値があるものです。

日常の些細な光景を、もっとたくさん、残しておきたいものだと感じます。

家族写真・ペットと家族写真撮影は福岡市フォトスタジオ原田写真館Since1969 (香椎参道通り)

原田写真館 福岡市東区香椎1-12-6
家族写真HP http://family-haradaphoto.com

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