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家族写真物語16〜写真館で撮った義母の喜寿のお祝い写真で我が家に笑顔を!〜

 

 結婚して20数年以上経つと、実家のことより自分の家族のことがまず第一で優先するように考えていくものですが、我が家では妻の母親の存在がとても大きくなっています。

 今、私達夫婦には成人した子供が3人いますが、いくつになっても義母を慕っています。

というのも、私は結婚してから、仕事の関係で全国を転々と移り住んできた転勤族だったこともあり、妻が困った時にいつも励ましてくれていたからです。

 幼い孫だった子供も、おばあちゃんには色々な形で励まされてきました。

そのこともあって、大人に成長した子供達も昔と変わらず、義母を慕っているのです。

 

我が家には家族写真の他にも義母の喜寿祝いの写真が飾られてます


今でも実家の長野で元気に暮らしている義母ですが、1人暮らしです。

私達が結婚して2年後に義父が癌で他界。

彼女には、長女である妻の他に、5歳年下の妹もいました。

しかし、義妹も九州に嫁いでいき、面倒をみる人がいないのですが、

「自分は生まれ育だった長野が一番いい」

と言って、今でも元気で1人暮らしをしています。

 

そんな義母も、いつもの間にか77歳。

喜寿を迎えていたのです。

その年のゴールデンウイークには、すでに社会人になっていた娘も休暇を取ることができたので、家族5人で妻の実家に帰省することになりました。

「おばあちゃんって、喜寿なんだよね。ねえ、お祝いに家族写真撮ろうよ」

こんなことを言ってくれたのも、娘でした。

 

我が家では、何か節目がある度に、記念写真を写真館で撮ってもらう習慣があります。

今、自宅で飾っている義母の喜寿のお祝いの写真もその時に撮ったものです。

 

私の実家の両親の写真や子供達の入学・卒業記念、成人式などの時の家族写真も残しています。

その中に、義母の写真も加わることになったのです。

いつまでも元気なおばあちゃんの喜寿の記念写真


そんな喜寿の時の写真は、”おばあちゃん大好きっこ”の子供達にとっては、かけがえのない写真になっています。

普段からニコニコしている義母ですが、この時の喜寿祝い写真もさらに明るい笑顔で写っています。

そんな写真を見ているだけで、私や妻だけでなく、子供達も励まされるのです。

 

「お義母さんも歳を取ったんだなぁ」

 

思わず、私がつぶやくと、

息子が言います。

 

「親父、そんなこと言ってるけど、おばあちゃんの方が元気なんじゃない?」

 

最近、私が在宅ワークが多くなったこともあり、通勤時間がなく朝が楽になったのですが、その反面、運動不足で体力が落ちている自覚がありました。

ちょっと、走っただけで息切れしてしまうほどですが、その姿をみていた息子が、義母と比べてしまうのです。

 

それだけ義母は元気なのです。

実家では趣味で自家栽培しているのですが、毎日畑仕事をされているおかげなのか、すこぶる元気なのです。

 

帰省して私も手伝うことがありますが、へっぴり腰で義母からご指導を頂く始末。

それを見ていた娘や息子達も、笑いながら言うのです。

 

「やっぱり、おばあちゃんはすごいや!」

 

今まで苦労されてきただけあってか、他人にはとても優しく穏やかな性格です。

そんなおばあちゃんの喜寿祝いで収まった写真からは、いつも元気なオーラがほとばしっている感じがあるのです。

 

もしかすると、義母の記念写真は”思い出”を残す写真ではなく、我が家に元気を与えてくれる元気アイテムなのかもしれません。

娘が社会人になる前に


いつも周りの人達を明るくしてくれる義母なのですが、特に娘にとっては特別な存在の祖母のようです。

それは、娘が高校進学する時、その後の進路を決める時に本人が大いに悩んだのですが、その時に背中を押してくれたのが、義母だったからです。

 

現在、娘は看護師として働いでいるのですが、この道に進んでいいのか悩んでいました。

実は妻も現役の看護師ですが、自分が学生の頃、病院実習や国家資格取得の時に、大変苦労した経験もあり、娘のこの道に行くことはあまり積極的ではなかったのです。

 

資格を持って働くことができる看護師は、サラリーマンの私からすれば強みのある職種なのですが、分野外ということもあってか、的確なアドバイスができませんでした。

 

そんなことから娘は自分で悩むしかなかったのですが、義母が大いに励ましてくれたのです。

 

「自分が進みたい道に行くのが一番!実はね。あなたのママも同じように悩んでいたの。でも、結局は自分が決めた看護師に進むことにしたの。その時にはおばあちゃんはね。ママに”自分の選んだ道に行きなさい”って言ってあげたの」

 

後から娘に聞くと、こんなアドバイスをしてくれたようです。

それから、看護師の専門学校に通っている時でも、私や妻に相談する前に義母に相談して勇気づけられていたのです。

そのために、娘にとってはおばあちゃんの存在は大きかったのです。

 

喜寿のお祝いで家族写真を残そうと言った娘には、そんな感謝の気持ちが込められていたと思います。

元気で励ましてくれる義母の喜寿祝い写真


しかし、義母は娘だけに優しいのではありません。

息子にも私達夫婦にも優しく気を遣ってくれています。

恥かしい話ですが、時々夫婦喧嘩をしていた時でも、何か予測でもしたように義母から電話がかかってくるのです。

 

そして、喧嘩した妻を諭すように説得して、無事、仲直り。

 

「夫婦のことは、自分達で解決しなさい」

 

と言われてしまえばそれまでのことなのですが、実の娘である妻の肩を持つわけでなく、いつも冷静で客観的な立場で、私達にアドバイスしてくれます。

 

そんな義母だからこそ、喜寿の記念写真を見ているだけで私や家族全員が、明るく朗らかになれるのかもしれません。

困った時に励ましてくれた祖母

義母、すなわち子供達にとっては、祖母。

我が家にとっては、いつも勇気をくれる特別な存在です。

 

二男が生まれた時も、義母が助けてくれました。

未熟児で生まれたのですが、この時は妻が緊急入院したのです。

二男も妻も半日手当が遅れていたなら、もうこの世にはいないほどに危なかったのです。

奇跡的に助かったのですが、二男を出産した後も、妻は1か月入院したままです。

 

幼稚園に通っていた娘と未就学児の長男を延長保育に預けて、私は会社勤めをしていましたが、その時でもさすがに限界がありました。

何とか乗り越えようとしていたのですが、その時に長野から義母が駆けつけてくれたわです。

 

もし、あの時に義母がいなかったなら、我が家はどうなっていたことか?

私も両親が健在でしたが、丁度、その時は私の実母も病気で入院。

父も母の看病で私の実家から、こちらに来ることができない状態でした。

 

そのために、義母が飛んできてくれたのです。

そのために、私達が困った時は本当にいつでも励ましてくれたことに感謝です。

私にとっては実母のような義母、子供達にとってもたくましく明るい祖母

結婚して20数年が過ぎましたが、私にとって義母は実母以上に”母”と慕える存在です。

それ以上に、子供達にとっても、優しく大きな存在です。

 

「お父さんが亡くなった時は、こんな私でも寂しくて辛かったのよ。でもね1人になると、いつのまにかたくましくなっていくものだし、こうやって孫達の顔を見れることも、私の元気の源ね」

 

そうやって涼しい顔で言っている義母は、本当に大きく優しい存在なのです。

いつの間にか70歳を超えて、あっという間に喜寿になった義母ですが、その長い人生が刻まれた優しい笑顔は、この喜寿記念写真に素直に忠実の残されています。

 

今では本人も一生懸命、パソコンやスマホの使い方を勉強して、LINEでビデオ通話をしてくることがあります。

 

それだけでもちょっとした驚きですが、そのおかげで、最近独立した娘も直接LINEでやり取りをしているようです。

 

それでも、月に1回は我が家に顔を見せに来る娘は、義母の喜寿の記念写真を見ていうのです。

 

「あばあちゃん、ただいま!今日も元気に仕事終えて来たよ!」

 

ちょっとスマホをタッチすれば、すぐにコンタクトができる環境なのですが、リビングにある義母の写真は、まるでリアルタイムで繋がっているLINEのビデオ通話画面のようです。

 

それだけ特別な存在の人なのです。

 

喜寿記念写真撮影は、福岡市フォトスタジオ原田写真館Since1969 (香椎参道通り)

家族写真撮影・ペットと家族写真 原田写真館 福岡市東区香椎1-12-6 (香椎参道通り)
家族写真ホームページ http://family-haradaphoto.com

家族写真 フォトギャラリー
http://family-haradaphoto.com/gallery/

原田写真館 オフィシャルサイト
https://www.harada1969.com