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家族写真物語19 〜我が家の家族写真〜

私が写真を好きになるまで

私は写真が苦手でした。

思い出せば小学生の頃から学校行事のカメラから逃げ、中学生から流行り始めたプリクラに誘われても都合が悪いと断り、高校生でケータイを持ち始めた時もカメラ機能は人物を写すものではありませんでした。

社会人になってからは、空気を読んで「そういうタイミングだから仕方がない」と顔に笑顔を貼りつけて撮られる。自分のケータイのギャラリーには空と景色ばかりでした。

 

そんな私が変わったのは主人と出会ってからです。柔和で自分に自信があり、私のことも尊重してくれる主人に惹かれ結婚しました。

 

美容師の主人は写真好きで、事あるごとに写真を撮っていました。デートでお出かけ記念に、お祭りで浴衣を着た記念に…と。

はじめは違和感を持っていましたが、いつの間にか写真を撮ることが当たり前になりました。

 

たぶん、この人の横に写っているのことが安心するんだなぁ。

 

 

子どもが産まれると日常に写真があふれます。産まれたて、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、100日…。手作りのガーランドやお気に入りのオモチャと一緒に自宅で撮っていました。

 

6ヶ月をすぎた頃、主人が今までの写真を見ながらポツリ「俺、ひとり親だったから家族写真に憧れてるんだよね。」

その一言で、子どもが1歳になったらフォトスタジオで家族写真写真を撮ろう、毎年同じ頃に撮って子どもの成長を比較できるようにしよう、という我が家の何十年に及ぶ一大プロジェクトが立ち上がったのです。

フォトスタジオで1歳お誕生記念写真

娘が11ヶ月になる前、フォトスタジオ選びです。

移動を考えるとやはり近場が良いと最寄駅のすぐそばの写真館へ予約。

誕生日をすぎ、撮影当日は主人も私も初めてのフォトスタジオという場所に緊張。

1歳の娘は「笑って〜」といっても大人の都合で笑ってくれるわけもなく、目線がカメラに向く様にだけ気をつけて、笑顔で撮影。

最後にサービスで3人の手だけの家族写真を撮ってもらい、お星さまの様な小さな赤ちゃんの手が愛おしい写真になりました。

 

主人の「やっぱり撮って良かったな」という一言と、年賀状に家族写真を使うということからプロジェクトの継続が確定しました。

家族内で見て楽しむだけではなく、お世話になった方にも見てもらえるよう、毎年ちゃんとしたものを撮るということが課題となりました。

 

写真自体は日焼けが嫌なのと、好奇心旺盛な娘にオモチャにされても良いようにカラーコピーを額に入れて玄関に飾っておくことにしました。

2歳のバースデーフォト

去年と同じ写真館で…と思いましたが、ママ友から勧めがあり、違うフォトスタジオへ。

 

待機場所では普段着ないワンピースの裾をめくり、おなかを出しながら笑っている娘に「これはいけるんじゃないか…」と期待しつつ、いざ撮影。

撮影スペースのベンチに3人で座ったとたん、固まる娘。

お気に入りのアンパンマンとジャムおじさんの人形を手に持ちながらも、緊張でなかなか笑わない…、むしろ怒ってる顔。

 

カメラマンさんとアシスタントさんが音の出るオモチャを振りながら、時には飛ばしたりかくれんぼしながらと一生懸命、笑顔を引き出そうとしてくれました。

 

かろうじて笑顔に見える写真が撮れたのか、撮影終了。帰る準備を進めていると、カメラマンさんからお声がかかり、行ってみるとパソコン上にさっき撮った写真が。

「お嬢さんはこの写真が良いけど、お母さんはこっちかこっちだとどっちが良い?顔部分を差し替えられるよ」とのこと。

パソコンの技術は素晴らしい!と思いつつも、示された自分自身の顔に愕然。笑顔がだいぶひきつっている…。

写真嫌いからだいぶ写真に慣れたと思っていたのですが、そうでもなかったようです。

とりあえずまともに見える方を選び、へこむ心を隠しながら帰路につきました。

 

後日、仕上がりを受け取りに行くと、完璧な笑顔の主人と、アンパンマンを片手にちょっと笑っている娘、ひきつった笑顔の私。

「これも思い出」と割り切り、家に持ち帰りました。

 

主人が帰ってきた時、みんなで鑑賞。

「ひきつってるなぁ」と笑われながらも、1年前の家族写真と見比べて、「娘の成長がわかるいい写真だね」と高評価。

その年の年賀状は余白をいっぱい使ったおしゃれなデザインを強烈にオススメ。選んだ理由は顔がはっきりみえないようにしたい私のエゴということを主人は知りません。

失敗した3歳の記念写真

3歳になる半年前、夫婦の関係がギクシャクし始めました。話し合いをし、東京から私の実家である北海道に移住することになりました。

 

就職先を探していたり、お金の余裕もなかったため七五三のお祝をしたタイミングで実家の父母に撮ってもらうことにしました。

 

神社の能舞台の前で着物を着ておめかしした娘と3人並んで、「はい、チーズ」

「あれ、これどうなってるんだ?」と父の声。丁寧に何回もした事前レクチャーの甲斐むなしく、ブレ・ボケ・ななめのトリプルを繰り返し。

見かねた母が今度は試しましたが、ななめになったりタイミングが悪く娘がそっぽを向いてしまったことでうまく取れず…

斜めになっている写真の中でかろうじて笑顔のものをピックアップして年賀状に使いましたが、やはり「プロに撮ってもらおう」という全員の意見が一致しました。

 

この年の年賀状は失敗したことが響いたのか、移住で疲れてしまったのか主人の年賀状が極端に少なくなりました…。やっぱり自信をもって出したいよね…。

 

写真自体は4枚入る額を買い、1歳・2歳・3歳と並べて玄関に置いてあり、たまに娘が「ちっちゃ~い。ぷくぷくしてる~」と自分のことを振り返っています。心の中でまだぷくぷくしているよとツッコムのは毎回のルーティンです。

フォトスタジオからロケーションフォトへ
4歳のバースデーフォト

北海道での生活も落ち着き「さて、フォトスタジオの予約どうする?」と3か月前からそわそわし始めました。住んでいるエリアは街の中心部から離れた昔ながらのお店が多い住宅街。

その中の写真館はもう営業をしていませんでした。車で市内ならどこでも行けるのですが、あまり街の中には行きたくない。と悩んでいると、知り合いから個人でやっているママさんカメラマンを教えてもらいました。

「フォトスタジオでの写真を」と思っていましたが、今までの事例から娘がリラックスできる場所で撮るのも手かなと思い、娘が大好きな実家の屋外でロケーションフォトをお願いすることになりました。

 

当日、大好きな場所ということと、ママさんカメラマンということもあり、娘は超自然体。とはいえ、さすがに撮影のタイミングになると私たちの雰囲気を察してか緊張し始める娘。

田んぼのあぜ道や原っぱで何パターンかとっても微妙な緊張が抜けない中、突然「じいじ~~~」との叫び。

見てみると私の父が様子を見にこちらへ歩いてくるところでした。じいじ大好きな娘は今までの緊張がウソのように良い笑顔になっています。

「じいじ、撮影終わるまでしばらくご機嫌取りでカメラマンさんの後ろにいてくれない?」とお願いし、娘の笑顔を確保しました。

 

最後にフォトスタジオのように撮りたい希望もあったので、豆のツタが壁のようになっている場所に移動し3人でパシャリ。その後、「じいじとばあばも~」と娘のリクエストから5人でパシャリ。

緑に囲まれた、すがすがしい写真になりました。

その年の年賀状は「どこで撮ったの?」「自然で北海道らしくて良いね」「キレイだね」と評判が良く、大満足でした。

 

これで玄関の額縁には1歳~4歳の写真が並びました。

撮った場所はそれぞれ違いますが、3人で撮った思い出は玄関で写真を見るたびによみがえるようで、「カメラマンさん、またしゃしんとるんだよね?」と定期的に聞いてきます。

これから…の家族写真

さて、5歳はこれからです。まだ半年ありますが、現在決まっているのは「プロにお願いすること」。

ロケーションフォトも良いのですが…実は今お腹に新しい生命が宿っているのです。

 

出産予定日は娘の誕生日の1か月後。年賀状に使うことを考えると時期がずれてしまいますが、赤ちゃんが生まれてからのタイミングが一番良いということになりました。

今まで様々な状況での撮影を行っていましたが、今回は赤ちゃん第一で清潔で落ち着いたフォトスタジオを選ぼうと思います。

 

さあ、5枚目が入らないから額もどうしようかな?たくさん入る物を買って、もっと楽しめるようにしようかな~と家族会議をしています。

 

写真を見るたびに「あの頃は…」と思い出を語り合い、次はどうしよう?と楽しみを与えてくれる家族写真。

小さなころの記憶が薄れてしまうであろう娘が大きくなるまで、1年1回の家族写真は継続して撮っていきたいと思います。

 

家族写真・ペットと家族写真撮影は福岡市フォトスタジオ原田写真館Since1969 (香椎参道通り)

原田写真館 福岡市東区香椎1-12-6
家族写真HP http://family-haradaphoto.com

(ペットと)家族写真 フォトギャラリー
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原田写真館Since1969 オフィシャルサイト

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